御船町は、熊本県の上益城郡に位置する歴史と自然が調和した町です。この町は、南北朝時代から西南戦争までの幾多の戦いを背景に、数多くの文化財や史跡が点在しています。また、日本で初めて肉食恐竜の化石「ミフネリュウ」が発見されたことから、恐竜の里としても知られています。
辺田見若宮神社は、御船町の歴史と伝統を感じられる神社です。この神社は地域住民にとって重要な信仰の拠り所であり、さまざまな祭りや儀式が執り行われています。静かな環境に囲まれ、訪れる人々に心の平安を与える場所です。
東禅寺は、南北朝時代の1360年に建立された、上益城郡内最古の寺院です。この寺院は地域の歴史を物語る重要な文化財であり、古代の建築様式や仏教文化を垣間見ることができます。静寂に包まれた境内は、歴史愛好家や観光客に人気のスポットです。
玉虫寺は、「平家物語」に登場する玉虫御前が建立したとされる寺院です。玉虫御前は源平合戦の後、人目を避けて故郷の御船へ帰り、この寺を建立し尼となり平家一門の菩提を弔いました。この寺は、歴史的背景に富んでおり、平家物語に興味のある方にとって魅力的な場所となっています。
吉無田高原は、九州でも屈指の高原美を誇る自然観光地で、多彩なレジャー施設が揃っています。キャンプ場やグランピング施設「星の森ビラ」、ローンスキー場、マウンテンバイクコース、化石発掘体験施設などがあり、家族連れやアウトドア好きの観光客にとって理想的なスポットです。四季折々の風景と共に、様々なアクティビティを楽しむことができます。
吉無田水源は、「熊本名水100選」にも選ばれている美しい水源です。江戸時代から続く植林地であり、阿蘇外輪山の伏流水が湧き出しています。透明で冷たい湧水は地元の人々の生活に欠かせない存在であり、その美しさから観光客にも人気があります。
御船町恐竜博物館は、恐竜の化石を展示するユニークな博物館です。御船町では恐竜の化石が発見されており、それを基にした博物館では、子供から大人まで楽しめる様々な展示や体験が用意されています。特に恐竜好きには見逃せないスポットです。
城山公園は、御船城跡に作られた公園で、甲斐宗運が築いた御船城の名残を感じられる場所です。公園内には歴史を感じさせる石垣や堀が残っており、地元の歴史を学ぶ場としても訪れる人々に親しまれています。春には桜が咲き誇り、花見の名所としても人気があります。
妙見坂公園は、桜の名所として知られています。また、西南戦争の激戦地でもあり、その遺跡が残っているため、歴史を感じることのできる公園です。桜の季節には多くの観光客が訪れ、美しい景観を楽しむことができます。
くまもと野鳥の森は、九州で唯一の野鳥保護センターとして設立されましたが、2009年からは傷病業務の受け入れのみを行っています。それでも、周辺には多くの野鳥が生息しており、自然観察を楽しむことができるスポットです。
長生のイチイガシは、幹周り8.6メートルの全国で4番目に大きい巨木で、御船町の天然記念物に指定されています。その巨大な姿は圧巻であり、自然の力強さを感じさせてくれる存在です。
御船目鑑橋は、1848年に宇市・丈八(のちの勘五郎)によって完成された橋で、熊本県指定の重要文化財です。この橋は幾度の洪水にも耐え抜き、「肥後随一」と称された美しさを持っていましたが、1988年の集中豪雨により流失してしまいました。現在は「思い出橋」として再架され、その歴史を後世に伝えています。
八勢目鑑橋は1855年に甚兵・卯助によって完成され、下鶴目鑑橋は1886年に名工勘五郎・弥熊によって完成されました。これらの橋も熊本県指定重要文化財であり、江戸時代の技術力と美しさを今に伝える存在です。特に下鶴目鑑橋は、日本橋の架設にも関わった職人によって作られ、その技術の高さが伺えます。
1877年の西南戦争時、戦火を避けるために熊本県庁が一時的に御船町に移転しました。この時、当時の公立御船小学校が庁舎として使用されました。この歴史的な出来事は御船町の歴史の中で重要な位置を占めています。
御船街なかギャラリーは、1802年に建設された大型町家で、御船町の先哲「林田能寛」の生家とされています。この建物は熊本県内でも最も古い部類に入り、現在では文化交流やミニコンサート、ワークショップなど、さまざまな活動の場として利用されています。
七滝は、南北朝時代から朝廷にも名を知られていた歴史ある滝で、高さ約40メートル、幅約30メートルの七段からなる滝です。普段は近隣のダムの影響で水流が少ないですが、毎年5月第2日曜に行われる「ふるさと滝まつり(七滝神社例大祭)」の際には放水され、荘厳な滝の姿を観ることができます。
御船街道ハゼ並木は、赤穂事件の後、大石良雄ら赤穂浪士が肥後細川藩に恩返しとして伝授したハゼの栽培によって植えられた並木です。このハゼから採れる「櫨(はぜ)ろうそく」は藩の専売事業となり、財政を潤しました。しかし、1988年の集中豪雨で移植され、現在は数本のみが現存しています。
七滝神社例大祭は、毎年5月の第2日曜日に開催される伝統的な祭りです。この時には七滝で放水が行われ、荘厳な滝の姿を観賞することができます。地元住民や観光客が集い、賑わいを見せる一大イベントです。
御船があーっぱ祭りは、毎年8月第2日曜日に開催される「かっぱ祭り」とも呼ばれる楽しいイベントです。この祭りでは、多くの屋台やパフォーマンスが行われ、家族連れで楽しむことができます。地域住民の活気に満ちた雰囲気を感じられる、夏の風物詩です。
御船町という名前は、景行天皇が九州平定のためのご巡幸の際に、その「御船(おんふね)」がこの地に着岸したことに由来するとされています。
南北朝時代には、阿蘇氏の一族である御船氏がこの地域を支配していました。戦国時代には、御船行房がこの地を治めていましたが、智将・甲斐宗運に討たれた後は、甲斐氏が支配することになります。
1587年には、豊臣秀吉が肥後国を二分し、小西行長がこの地域を支配しました。しかし、関ヶ原の戦いで小西行長が敗北し、その後は加藤清正が統治し、さらに1633年には加藤忠広が改易され、細川忠利がこの地を支配することになります。以後、明治維新まで細川氏の統治が続きました。
加藤や細川の時代、御船町は豪商の町として関西地方にもその名を知られ、熊本県内でも屈指の繁栄を誇っていました。しかし、文明開化や交通網の発達に伴い、その名は次第に影を薄めていきました。それでも、昭和30年の合併の際には、町名として「御船町」が残されました。
御船町は熊本市や上益城郡の各町、さらには阿蘇郡西原村とも隣接しており、御船川、矢形川、八勢川といった河川が流れる自然豊かな環境にあります。
現在、御船町に鉄道路線はなく、最寄り駅はJR九州豊肥本線の南熊本駅です。また、九州自動車道の御船インターチェンジを利用することで、他の地域へのアクセスが容易です。町内には高速バスや一般路線バスも運行されており、特に熊本市からのアクセスが良好です。
御船町は、歴史と自然が調和し、恐竜や歴史的な史跡を楽しむことができる観光地です。吉無田高原や七滝神社、御船恐竜博物館などの魅力的な観光スポットに加え、豊かな自然環境が訪れる人々を魅了します。熊本県を訪れる際は、ぜひ御船町に足を運んで、その魅力を体感してください。